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カニエ・ウェストがつくった”成長するアルバム”の、画期的すぎるビジネス戦略とは?

ビジネス戦略
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商業的な成功を見据えるミュージシャンにとって、顧客の反応は何よりも重要なものです。いかに自信がある作品ができても、多くの顧客から「駄作だ」と判を押されてしまうと、作品は失敗に終わってしまいます。SNSが発達している現在、顧客の声が音楽ビジネスにとってより大きな存在になっているのは間違いありません。

同時に音楽も他の市場と同じく「所有」から「利用」へと価値が変化しているのは確かです。CDからダウンロードへ、ダウンロードからストリーミングへと顧客の楽しみ方は変わっています。フィジカルからデジタルに常識が移ろうなかで、ミュージシャンたちはどのような戦略を練っていくのでしょうか。

今回はその一例として、アメリカ出身のラッパー「カニエ・ウェスト」によるアルバム「The Life of Pablo」のマーケティング手法をご紹介します。
 
 

「もうCDはつくらない。今後はストリーミングだけだ」

カニエ・ウェストは1996年のデビューから現在に至るまで、莫大なセールスを記録しているアメリカ出身のラッパーです。音楽賞の最高峰・グラミー賞には68回のノミネート。そのうち21回受賞しており、アメリカを代表するヒップホップアーティストと言っても過言ではないでしょう。またアーティストのほかに優秀なプロデューサーとしても名が知られており、これまでにいくつもの作品をヒットさせてきました。

そんな彼が「もうCDをつくらない。今後はストリーミングサービスに特化する」と発言したのは2016年3月のことです。「(直近にリリースした)YeezusのパッケージングはCDの棺桶をイメージしたんだ」と続け、世間を仰天させました。6thアルバムであるYeezusのパッケージはスケルトンのケースに赤いシールだけが貼られたもので、まるでインディーズのミュージシャンのデモCDのような、これ以上無いほどにシンプルなデザインだったのです。

当時のアメリカでは既にSpotifyをはじめ、サブスクリプションモデルでの音楽配信サービスが主流になっており、カニエ・ウェスト自身もオフラインのプロダクトとして音楽をセールスすることに限界を感じていたのでしょう。
 
 

元祖ファンクラブ?プリンスのサブスクリプションとは

音楽配信サービスはここ10数年で伸びたサービスですが、音楽市場でのサブスクリプションサービス自体の歴史は2000年代初頭から続いています。なかでもひときわ有名なのが、当時マイケル・ジャクソンと人気を二分していたプリンスがとった戦略です。生涯で1億2,000万枚以上ものCDを売るほど人気だった彼は、サブスクリプションサービスによってファンとのコミュニケーションを図っていました。

2001年に彼は「プリンスとファンがつながれるサービス」であるNPGミュージッククラブを立ち上げます。約1万円ほどの年間費用を支払えば毎月プリンスの新曲未発表音源がスタジオから届くばかりか、コンサートの優待チケットリハーサルへの参加チケットなどを提供、さらにプリンスが収録したポッドキャストも見ることができました。現在では当然の流れになっている「ファンクラブ制度」の先駆け的な存在です。

なお、NPGミュージッククラブが優れている点は、ただ単にプライオリティを与えてロイヤルカスタマーを育てていることだけではありません。会員に向けて先行的に楽曲を送ったり、未発表の音源を送ることで、正式にアルバムを発表する前に顧客のリアクションをしっかりとキャッチできます。仮説と検証をスムーズに進められるのです。

また事前に情報をリリースすることで、リリース前から顧客の興味や関心を惹けるのもメリットの1つでしょう。
 
 

MVPを意識した楽曲の配信サービス

カニエ・ウェストは「Yeezus」の次にリリースした「The Life of Pablo」というアルバムで、NPGミュージッククラブの提供価値をもう一歩先に進めた戦略をとりました。ファンに限定せず、市場全体の顧客のリアクションを加味したうえで、どんどん歌詞や曲調、コラボレーションするアーティストなどを変化させていったのです。

はじめにカニエ・ウェストは音楽配信サービスの「Tidal」だけでアルバムをリリースすると宣言しました。同時に「Appleでは配信しない」と明言しています。世界中のファンは驚き、それまで「Tidal」に興味が無かった200万人のユーザーまでもが登録しました(日本にはTidalのサービスは上陸しておらず、国内のファンは歯がゆい思いをした)。

しかし「Tidal」でリリースされたとき「The Life of Pablo」はまだ未完成だったのです。顧客の反応を把握するにつれて、カニエ・ウェストはどんどん楽曲の内容を変えていきました。現在の「The Life of Pablo」はまるで別物で、音楽はおろか歌詞や参加アーティストまでが初期版とは大きく変わっています。

つまり始めにリリースした音源はMVPだったのです。MVPについてよく知りたい方は、以下の記事からご覧ください。

確かに一般的なソフトウェアのマーケティングとして、MVPは作成すべきものです。どれだけ市場調査をして、最良のプロダクトやサービスをつくれたと自負していても、実際にリリースしなくては採算がとれるか定かではありません。そのためにできるだけコストを抑えたうえで、仮説と検証を進めていくフェーズが必要になります。

また、ビジネスのトレンドが次々に移り変わるなか、プロダクトは常にブラッシュアップしなくてはいけないのも確かでしょう。これまで音楽シーンはブームやトレンドに合わせて、その都度、別の作品をリリースしていました。すると当然、新しい楽曲を制作してレコーディングするコストがかかります。しかしカニエ・ウェストは、そんな常識を破壊する一石を投じました。1つの楽曲が時代に合わせて変化していく。音源という静的なプロダクトが流動的なものに変わった衝撃的な作品です。現在もこれからも「The Life of Pablo」はある意味、永遠にブラッシュアップされ続けるのでしょう。

結果として「The Life of Pablo」は、アメリカ国内だけで15億回、世界中で30億回以上も再生され、ストリーミング音源として始めてアメリカレコード協会によるプラチナレコードに輝きました。CDに換算するとアメリカ国内で100万枚以上のセールスを記録したことになります。
 
 

The Life of Pabloをビジネスモデルキャンバスで解説

では「The Life of Pablo」をビジネスモデルキャンバスを用いて俯瞰的に分析しましょう。ビジネスモデルキャンバスは自他問わず、さまざまなプロダクトやサービス、会社そのもののビジネスモデルを調べるための有用なツールです。
 

1.顧客セグメント

カニエ・ウェストのファンや、HIPHOPを普段からよく聴く方がメインのターゲットです。またCDではなくストリーミングでの音楽配信サービスを利用している方も顧客に含まれます。
 

2.提供価値

ストリーミングサービスなので「所有することによる負担」を軽減できます。またファンとして、カニエ・ウェストの作品に携われることも大きな価値でしょう。時代のトレンドに合わせて楽曲がバージョン・アップしていくこともリスナーにとってはバリューになります。
 

3.チャネル/販路

「Tidal」での広告はもちろん、カニエ・ウェストのSNSによっても莫大な顧客が流入します。また比較的イノベーティブな作品なので、口コミでの広まりも期待できるでしょう・
 

4.顧客との関係

サブスクリプションでの配信サービスで楽曲を聴けますので、初期投資が低く、サービス自体をいつでも解約でき、顧客は参入しやすさを感じます。新規のリスナーも呼び込みやすいのは特徴の1つです。また顧客自身のレビューなどで楽曲がブラッシュアップされる「リスナー参加型」の楽曲制作なので、顧客自身が達成感を覚えますし、よりカニエ・ウェストを身近に感じられます。常にトレンドに合わせたHIPHOPミュージックを聞けるのも顧客との関係づくりに役立っている部分です。
 

5.収益の流れ

楽曲の再生回数に応じた収益がメインです。
 

6.主要な資源

Tidalをはじめとする音楽配信プラットフォームはカニエ・ウェストにとっても大きな資源でしょう。また自身の楽曲やファンもリソースに含まれます。
 

7.主要な活動

顧客の声の収集と楽曲のバージョンアップ、フューチャリングアーティストの選定と招聘、レコーディング、新たな歌詞の執筆などが挙がります。
 

8.主要パートナー

各音楽配信プラットフォームは大切なパートナーです。また顧客参加型の音楽制作なので、リスナーもパートナーになります。コラボレーションするアーティストも含まれるでしょう。
 

9.コスト構造

楽曲を刷新するための費用や、他のアーティストへのギャランティ、レコーディング費用などがかかります。
 
 

彼の戦略は音楽市場のスタンダードになりうるか?

カニエ・ウェストは「Tidal」でリリースしてから数週間後、Appleを含めたその他の音楽配信サービスでも楽曲を公開しました。「Tidalでしかリリースしない」という発言を覆した彼に批判的な意見も相次ぎ、訴訟問題にまで発展したのも確かです。カニエ・ウェストは「Tidalの曲とは、まったくの別物」と主張。2019年に入り、ようやく和解となりました。

発言に背いた行動を取ったことは、賛同できませんが、カニエ・ウェストの主張もよく分かります。Tidalで音源を手に入れてレビューをした顧客は、実質「The Life of Pablo」の共同制作者としてクレジットに名を連ねてもいいほどでしょう。ファンとして制作に関われているのですから、これほどまでに幸福なことはありません。

ただしカニエ・ウェストは「The Life of Pablo」以降の2枚のアルバムでは、ちゃっかりCDをリリースしています(棺桶までつくったのに……)。しかし彼の“成長するアルバム”は今後、アーティストの戦略の1つとして定着する可能性も大いにあります。

今回はカニエ・ウェストのアルバム「The Life of Pablo」をビジネスモデルキャンバスを用いて解説しました。BizmapではMVPを作るのに役立つ「MVPキャンバス」や、提供価値をしっかりと定めるための「バリュープロポジションキャンバス」などを作成できます。無料で利用できますので、お気軽にどうぞ。
 

ビジネスモデルキャンバス


 
 

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